ピースオンアース
2014年3月11日 火曜日
2014年
3回目の3.11
今年も”Peace On Earth”というイベントに、キャンドルの火と共に、関わらせていただきました。
あれから三年。
人々の意識は確実に変化をしてきたと思いますが、東京に生活をしていると、日常生活をしている分には震災前と大きな差は見受けられない様になってきました。
一時期は暗かった街の街灯も、今は全点灯。3年前は当たり前だった”節電”の文字も、何となく薄れて来た様にも思います。
そういう自分も、言葉として残すのは心苦しいことですが、3年前の震災直後と比べれば、被災地のことを考える時間は少しづつ減って来た様な実感を覚えます。それが、毎日の様にニュースで震災関連の情報が流れていてもです。
実は、2012年、一周忌となった最初のPeace On Earthの開催が決まったときは、東京の日比谷公園で追悼のイベントをやることに、当初、若干の違和感を持っていました。
「本当にこれは、被災地の人のためになっているのか?」
その違和感は、実際にその当日、沢山の人達と同じ時を過ごすことで、理解ができました。
東京にいる人達も、皆、一周忌には、少しでも何かアクションをしたいと思い、また、東京にも被災地から避難生活を送る人達が沢山いて、その「3.11」という日を、ただのいつもと同じ1日としてはとても過ごせない。
やはり、誰かと一緒に、想いをひとつにして、追悼の祈りを捧げたいと。
2012年の一周忌の時、14時46分、日比谷公演にいた数万人の人達が、皆東北を向き、黙祷をしました。
日比谷公演だけではありません。東京中、日本中、はたまた世界中で、数億人単位の人が祈った瞬間だったのでしょう。
忘れもしません。一生忘れません。
東北を向く自分の背中の方向から、東北へ向かって、まるで風でも吹く様に、川の水が流れる様に、はっきりと「気」が動くのを感じました。
それをなんといえば良いのか、「波動」と言うのか、「エネルギー」と言うのか。
しっくりくる言葉としては、「祈りの力」。
祈りに、しっかりとした存在と、力があると、自分の中で確証が持てた瞬間でした。
祈りは、確実に力を持ち、届けたい方向へと向かい、きっとそこへ届くのでしょう。
そして、祈りはその祈った人の意識を育むことになるでしょう。
そんな、2012を経て2013年に献花追悼ドームを制作させていただきました。
追悼ドームは、お花を献花する場所であり、手を合わせ、ろうそくに火を灯し祈りを捧げる場所であり、その中心にある桜は、希望の象徴でもあり、天に念を届ける発射台でもあり、皆の気持ちを受け止める場所でもありました。
最中は、胸には熱い火が灯り、てきぱきと物事をこなしつつも、自分のためでもなければ特定の誰のためと言う訳でもなく、強力な使命感の様なものが宿り、もくもくと動いていました。
それは、おそらく、何か神官や巫女さんなどがそうであるのか、何かに「仕えている」様な状態でした。
森の中で心を合わせていく感覚とはまた違い、「天」に守っていただいている様な感覚。
これも、本当に忘れられない貴重な感覚でした。
今年も、沢山の人が桜と火の前で手を合わせ、それぞれの追悼を行いました。
今年をみて、思うことは、人々は少なからず、次の段階にシフトしている様に見えました。
震災前とは、エネルギーのことを皆、深く考える様になり、未来のことを考える機会も増えました。
「安全」と言う言葉も以前よりも重要になってきて、防災意識の高さも以前とは比べ物になりません。
もちろん個人差はあると思いますが、震災前まで思い描いた「未来」と、2014年の今に想う向かうべき「新しい未来」のカタチには、少し差がある様にも思います。
ソーラーエネルギーを使われた会場のステージから聞こえてくる、出演者の熱いメッセージに耳を傾けながら、沢山の人が、花を捧げ、火を灯し、手をあわせ祈る姿を見ていると、皆とヒトツになれた様な気がしました。
9日日曜の夜、人が引けた頃に、たくさんの人が祈っていただいたドームに立ち入ると、目に涙が浮かぶほど、皆の想いがこもった暖かく、やわらかい空気ができていました。
また、今年も忘れられない瞬間をいただきました。
3.11当日は、火曜日の平日ということもありましたが、沢山の人が日比谷公園に集まりました。
土日とは全く違う、ピンとした空気感で、皆、口数は少なめで静かに想いを馳せている様な雰囲気でした。
この日の追悼ドーム。
ドームを突き抜けた桜。
その上に、さらに天へと続くスズカケの巨木。
届いてますか?
桜と花
櫻田博嵩
竹ドーム
GREENFUL
ピースオンアース
http://www.peaceonearth.jp/
ありがとうございました